老後2000万円の炎上騒動のおかげで、若い人にも年金に関する関心が急速に高まり、この本がベストセラーとなりました。
日経新聞の記者である田村正之さんの「人生100年時代の年金戦略(日本経済新聞出版社)」は、読みやすいうえに詳しく全世代向けに書かれている良書で、若いブロガーさんなどからも絶賛されています。
しかしながら、定年退職前後でもともと年金に関心のあった世代では、鵜呑みにせず気をつけるべき点もあります。
実は私も以前にこの本は買っており、いい本とは思いつつ放置していたのですが、世間で注目されてきたので、改めて読み直し自分の感想を書いてみました。
+++もくじ+++
1. ベストセラーになった「人生100年時代の年金戦略」
金融庁の報告書が「95歳まで生きるには夫婦で2千万円の蓄えが必要だと試算」などとして報じられたことで、公的年金に関する関心が高まっています。
その影響でベストセラーになったのが本書です。
これまで年金というと、定年退職の間際にならないと関心がなかったものですが、若い人たちにまで広がってきたのは、とても喜ばしいことです。
投資関心層に影響力のある、虫取り小僧さん、水瀬ケンイチさんといったブロガーの人たちが、書評で取り上げたことなどもベストセラー化の一因でしょう。
2. 本の構成
本は、大きく分けて4つのパートに別れます。
序 章 「年金をいくらもらえるか」は自分の選択次第
第Ⅰ章 年金は人生のリスクに備えるお得な総合保険
第Ⅱ章 公的年金、フル活用のための実践術
第Ⅲ章 運用で堅実に増やす――個人型・企業型DC徹底活用
序章では、公的年金が優れた仕組みであることを紹介するとともに、繰り上げ・繰り下げなど、自分の意思で年金額が左右されることを紹介しています。
実はこの本のエッセンスと著者が伝えたいメッセージの大半は序章にあり、ここだけ読んでも、じゅうぶんに気付きが得られる人は多いと思います。
第Ⅰ章では、公的年金が「保険」であることを紹介し、長生きでお金がなくなったり、障害者になるリスクなど、人生の様々なリスクをカバーしていることを紹介。
自分のもらえる年金額を知る方法なども紹介し、さながら公的年金概論のような記事に仕上がっています。
第Ⅱ章では、公的年金をフル活用するための方法を解説しています。
特に、「繰り下げ受給は老後の大きな安心材料」として、繰り下げ受給のメリットを詳細に書いています。
最後の、第Ⅲ章では、「個人型・企業型DC徹底活用」として、資産運用について紹介しています。
自分がこの制度に入っているが、内容がよくわからないという方向けの部分です。
3. わたしの感想
自分自身が61歳と、年金受給直前である身としては、総論すぎてちょっと物足りません。
定年後の収入の柱が公的年金であることは言うまでもなく、制度の概要を理解するのはとても重要です。
しかし、対策として年金の繰り下げ受給を強調しすぎているのがとても気になりました。
もちろん注意点も丁寧に書いてはあるのですが、全体として強くオススメのトーンです。
まず繰り下げ受給。年金は原則65歳から受給できますが、70歳まで遅らせれば年金額が42%増えます。
5年分もらえないのは損ですが、70歳以降約11年、つまり81歳まで生きれば、毎年42%増える額で取り戻すことができます。
その後も増額された年金が一生続くので、老後の安心感は格段に増します。
実は、年金の繰り下げは最近になって政府が強く推奨を始めた施策です。
実際各個人に誕生月に送られる、ねんきん定期便では、今年から年金受給を70歳まで遅らせれて繰り下げ受給すれば最大42%増えることが強調されるようになりました。
受給開始の手続きのために送られてくる書類でも、年金が増額できることを強調した上、受給のためには手続き必要、何もしなければ繰り下げとなるなど、繰り下げ受給へ誘導がなされています。
これはどういうことでしょうか。
理屈として「受給者が得する=それを支払う年金側が損する」はずですが、そうではありません。
減額率・増額率は平均的な受給期間、死亡年齢をもとに計算されており、下の厚生労働省資料にもあるとおり、平均的には年金財政に中立になるように設定されています。
・繰上げによる減額率・繰下げによる増額率については、選択された受給開始時期にかかわらず年金財政上中立となるよう設定されている。
年金受給を、70歳まで遅らせれば年金額が42%増え、60歳からもらうと30%減額は事実ですが、平均的には損得はありません。
もちろん、公的年金の本質は保険なので、損得で語ることが適当かどうかは議論の余地があります。
個々人では、得になる人も損をする人もいるので、自分の生活状況や、仕事の状況、家族の状況など総合的に勘案するべきでしょう。
本書にも書かれてますが、繰り下げには注意点もあり、実際の状況としても、年金を早くもらい始める繰り上げは20%程度いるのに対し、繰り下げの利用は1%程度でほとんど利用されてないと言って良いでしょう。
繰り上げには、年金事務所に出向くなどの手間がかかるのに対し、放置すれば繰り下げになるのに、これだけ差があります。
その理由としては、以下の3つのようなことが言われてます。
- 老齢厚生年金を繰下げの場合、繰り下げ期間中は年金の家族手当ともいわれる「加給年金」が支給されない。
- 老齢基礎年金を繰下げの場合、繰り下げ期間中は「振替加算」が支給されない。
- 在職支給停止相当分の年金については繰下げによる増額の対象とならない
わたしはこれに加え、消えた年金問題やグリーンピア問題など、国民の年金に対する不信感があると見ています。
ここに来てなぜ、政府がこんなに繰り下げに力を入れるのか、変な勘ぐりをしてしまいますが、ここでは書くのはやめましょう。
別に、日経新聞の記者の方だからとは思いませんが、この本が政府に迎合しているように思えて仕方ありません。
4. 定年退職世代の年金への向き合い方
定年退職世代にとって大切なのは、制度の概要を知った上で世の中の動きにもアンテナを高くすることです。
今年は、5年に1度の公的年金の財政検証の年なので様々なデータが出てきます。
老後2000万円報告書と同じく、マスコミは面白おかしく一部を切り取って報道しますが、原典にあたって冷静に数字を読み解くことが重要です。
年金の繰り上げ・繰り下げにしても、「70歳まで遅らせれば年金額が最大42%増える」とされていますが、その率は計算に使う基準年のとり方などにより、今後変わることも十分予想されます。
さらに高齢になってからの年金収入増加は、税金や社会保障の本人負担の増加を招き、手取り金額は思ったほど増えないなどの問題もあります。
さらに最近の動きとして、在職老齢年金廃止の動きもあります。
在職老齢年金というのは、名前とは違い、一定の収入のある高齢者の年金を停止させる制度です。
定年後に嘱託などで働く人々にとって、給料+年金を収入にしようとしていたら、年金がカットされるという、がっかりする制度です。
高齢者の働く環境を整備しようという時代に、高齢者の働く意欲を削ぐとして評判の悪い制度なので、私は一刻も早く廃止すべきだと思っています。
まとめ
少し批判的なことも書きましたが、人生100年時代の年金戦略は、公的年金制度を全般的に理解する上で非常に優れた本です。
「年金はもらえないと政府が認めた」とか「年金制度は崩壊する」などといったトンデモ情報にだまされないよう、正しい知識を身につけるのにピッタリの本です。
しかしながら個人の置かれた状況は様々で、定年後のライフプランを考えるときは年金、税金、医療、介護などを総合的に考える必要があります。
現状の制度を理解するとともに、自分のライフプランを考え、賢く定年後ライフを送りたいものです。